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京都地方裁判所 平成3年(行ウ)40号 判決 1996年2月07日

京都市右京区西院高田町一六-二

原告

坪井豊

右訴訟代理人弁護士

酒見康史

中村利雄

京都市右京区西院上花田町一〇番地一

被告

右京税務署長 板橋三郎

右訴訟代理人弁護士

森勝治

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告が原告に対し平成元年三月一日付でした、原告の昭和六〇年ないし昭和六二年(以下「本件係争各年」という。)分の各所得税更正処分(ただし、裁決による一部取消後のもの)のうち、総所得金額(事業所得の金額)が、

昭和六〇年分については、五六五万一二〇一円

昭和六一年分については、四九九万〇三一五円

昭和六二年分については、五九一万九〇三六円

を超える部分及びこれらに対応する過少申告加算税の各賦課決定処分をいずれも取り消す。

二  被告が原告に対し平成元年二月二八日付でした、昭和六〇年分以降の青色申告の承認取消処分を取り消す。

第二事案の概要

一  請求の類型(訴訟物)

本件は、原告には架空の名義人の口座を利用した簿外取引があるとの理由で、被告がした原告の昭和六〇年分以降の青色申告の承認取消処分(以下「本件青色申告承認取消処分」ともいう。)には、理由がないとして、また、被告がした本件係争各年分の各所得税更正処分及び過少申告加算税の各賦課決定処分(以下「本件各処分」ともいう。)には、推計の必要性、合理性を欠き、原告の所得を過大に認定した違法があるとして、原告が、右各処分の取消を求めた抗告訴訟である。

二  前提事実(争いがない事実)

1  原告は、自動二輪車関連用品小売業を営む者である。

2  原告の本件係争各年分の所得税の確定申告、更正処分等、異議申立て、異議決定、審査請求、裁決の経緯は、別紙1「課税の経緯」記載のとおりである。

3  原告の昭和六〇年分以降の青色申告の承認取消し、異議申立て、異議決定、審査請求、裁決の経緯は、別紙2「青色申告の承認取消し処分の経緯」記載のとおりである。

三  争点

1  本件青色申告承認取消処分の適法性

2  本件各処分の適法性

(一) 本件推計課税の必要性

(二) 本件推計課税の合理性

四  争点に関する被告の主張

1  本件青色申告承認取消処分の適法性(争点1)について

(一) 調査の経緯

(1) 被告は、原告が提出した本件係争各年分の所得税青色申告決算書に記載されている所得金額及び各勘定科目の金額が適正なものであるかどうかを確認するため、被告部下職員田中耕平、同任田光宏(以下「職員ら」という。)をして、原告の本件係争各年分の所得税調査に当たらせた。

(2) 職員らは、昭和六三年四月六日、原告の事業所に臨場し、原告に対して本件係争各年分の所得税調査の目的を告げた上、帳簿書類の記帳状況等の確認を行ったところ、帳簿類については、ルーズリーフ形式の出納帳に売上、仕入及び経費の各金額を日付順に記載したものと、仕入先別の月別集計表(以下「仕入集計表」という。)が作成されているだけであった(以下、出納帳と仕入集計表とを合わせて「本件帳簿書類」という。)。また、原始記録として、仕入れの納品書、請求書及び振込依頼書写し等があった。そこで、職員らは、本件帳簿書類、仕入れの納品書、請求書及び振込依頼書写し等を預かり辞去した。

(3) 職員らは、原告の仕入金額について、右仕入集計表と右振込依頼書写しとを照合し検討したところ、西陣信用金庫西大路支店の振込依頼書写しの中に株式会社ケンツ(以下「ケンツ」という。)に対するものがある一方、本件帳簿書類のいずれにもケンツに関する記載は見当たらなかった。

(4) 職員らは、昭和六三年四月七日、西陣信用金庫西大路支店に臨場し、原告の仕入決済について調査したところ、原告の仕入先である南海部品株式会社(以下「南海部品」という。)に対する支払はすべて手形決済でなされているにもかかわらず、昭和六〇年度のうち八月以前についての南海部品に対する手形の振出しは、右銀行における原告の当座預金には見当たらなかった。

そこで、職員らは、南海部品に対して、原告との取引に関し、昭和六〇年度のうち八月以前の決済状況について確認したところ、原告が坪井裕彦名義で振り出した、支払場所を協和銀行(現在あさひ銀行)京都支店とする約束手形で決済していることが判明した。

(5) 職員らは、昭和六三年四月一五日、協和銀行京都支店に臨場し、坪井裕彦名義の預金(当座、普通、定期)及び仕入の決済状況について調査したところ、右の事実から、坪井裕彦名義の預金(当座、普通、定期)は原告に帰属する預金であることが判明し、坪井裕彦名義での仕入の決済は、南海部品に対する約束手形決済のほかにも多数の相手先に対して行われていることが伺われた。

<1> 協和銀行京都支店との銀行取引の届出名義人である坪井裕彦の住所地(京都市右京区太秦安井奥畑一三番地)は、届出書によれば、原告の兄坪井嘉蔵の住所地と同一であるが、同住所地には坪井裕彦なる者の住民登録がなされた形跡がない。

<2> 協和銀行京都支店の坪井裕彦名義の当座預金の届出印の印鑑票の職業欄には自動車部品商と記載されており、また、同印鑑票の電話欄には原告の事業所の電話番号「三一一-五七八九」が記載されている。

<3> 原告を担当している協和銀行京都支店の行員は、坪井裕彦名義で定期預金をしてもらったことに対し、そのお礼に原告の事業所を訪問している。

(6) 職員らは、昭和六三年四月二〇日、原告の事業所に臨場し、原告に対して前記(4)、(5)の調査結果を説明した上で、坪井裕彦名義の仕入れはすべて原告のものではないかと質問したところ、原告は、坪井裕彦名義の仕入れなどは知らない旨答えるのみであった。

(7) 職員らは、昭和六三年四月二五日、協和銀行京都支店から坪井裕彦名義で振り込む方法で仕入代金の支払いがされていた仕入先である株式会社RSタイチ(以下「RSタイチ」という。)に臨場して調査したところ、RSタイチの商品はオリジナル商品でありRSタイチ以外から仕入れがなされることはあり得ないきと、RSタイチの営業担当者は原告から取引に際して「パーツボックスツボイ」の屋号、原告の事業所の住所、電話番号及び原告の氏名が記載された名刺を受取っていることが判明した。

職員らは、昭和六三年四月二七日、原告の事業所に臨場したところ、RSタイチの商品が同所に陳列されていることを確認した上、RSタイチの商品であるツナギを一点購入した。

(8) 職員らは、昭和六三年五月六日、原告の事業所に臨場して、レジ回りの調査を行ったところ、別紙3表示の一覧表がレジの横に置いてあったので、右一覧表を写した。

この一覧表の中には、職員らが、坪井裕彦名義の口座を利用した決済取引の相手方として把握した者で、原告が取引はないと主張する仕入先も記載されており、原告がこれら取引先から商品を現実に仕入れていることが強く推測された。

(9) 職員らは、昭和六三年五月一七日、協和銀行京都支店から坪井裕彦名義で振り込む方法で支払いされていた先である株式会社風魔プラスワン(以下「風魔プラスワン」という。)に臨場して調査したところ、同社から商品が原告の事業所に配送されている(なお、送り状の荷受人欄には「京都市右京区西大路松原上ル東側」と表示されているが、右住所地は原告の住所地である京都市右京区西院高田町一六-二と同一箇所を指している。)ことが判明した。

(10) 職員らは、同日、協和銀行京都支店から坪井裕彦名義で振り込む方法で支払いされていた先である株式会社ブルックランズ(以下「ブルックランズ」という。)に臨場して調査したところ、同社から商品が原告の事務所に配送されている(なお、送り状の荷受人欄の住所については(7)と同じ。)こと、ブルックランズの経理担当者は原告から取引に際して「スピードショップツボイ」の屋号、原告の事務所の住所、電話番号及び原告の氏名が記載された名刺を受取っていることが判明した。

(11) 職員らは、昭和六三年六月一日、同月一〇日の両日、原告の事業所の臨場し、原告に対していままでの調査経過を説明した上で、坪井裕彦名義の仕入れはすべて原告によってなされたものではないかという趣旨の質問を再三にわたりしたが、原告は、知らない旨の答えを繰り返すだけで明確な答えはなされなかった。

(12) さらに、職員ら、被告部下職員青山龍二、大阪国税局の職員である石井真一郎は、右調査で判明した別紙4記載の各取引先(別紙4の氏名欄左側に◎印が表示されている「岡田商事(株)」は除く。)に対して、調査対象者を原告、屋号を「パーツボックスツボイ」ないしは「スピードショップツボイ」とそれぞれ特定した上、本件係争各年分における原告と取引額を文書照会したところ、各取引先は、別紙4の「昭和60年分」「昭和61年分」「昭和62年分」欄に各記載のとおり回答した。

これらの仕入について、原告の仕入集計表に記載がない取引先からの昭和六〇年分の回答について一部抜粋したものが、別紙5記載の表である。

(13) なお、別紙4の氏名欄左側に◎印が表示されている「岡田商事(株)」については、大阪国税局の職員である石井真一郎が、平成四年ころ、あらたに坪井裕彦名義の取引先であると把握し、(12)同様の文書照会したところ、別紙4の「岡田商事(株)」の「金額」欄に記載のとおり回答した。

(14) 株式会社谷尾商会(以下「谷尾商会」という。)は、本件帳簿書類に原告の仕入先として記載されているところ、その取引金額については、本件帳簿書類の記載と照会回答文書の内容とが一致していない。右差額である三三万六二七〇円については、昭和六一年四月一日に協和銀行京都支店から坪井裕彦名義で振込支払いされている。

(二) 所得税法(以下「法」という。)一五〇条一項三号においては、法一四三条(青色申告)の承認を受けた者が、帳簿書類に取引の全部又は一部を隠ぺいし又は仮装して記載し、その他その記載事項の全体についてその信実性を疑うに足りる相当の理由がある場合には、青色申告の承認の取消事由に該当する旨記載されている。

これを、本件についてみると、前示のとおり、原告は、昭和六〇年一月一日から同年一二年三一日までの間に、別紙5記載のとおり、株式会社アール・ピー・エムほか三八社からの仕入金額(以下「本件仕入金額」という。)の合計額が五九四九万九八九七円あるにもかかわらず、坪井裕彦名義を利用して仕入金額の一部を除外し、その除外した仕入金額が記載されていない本件帳簿書類に基づいて本件係争各年分の所得金額を計算して、その金額に基づき確定申告書を被告に提出していたものである。

そこで、被告は、原告の右仕入除外行為が、本件帳簿書類の記載全体について真実性を疑うに足りる相当の理由となり、法一五〇条一項三号(青色申告の承認の取消し)に該当すると判断したものである。

(三) 被告は、平成元年二月二八日付で本件青色申告承認取消処分を行い、原告に対し、その旨を通知した。

2  本件各処分の適法性(争点2)ついて

(一) 本件推計課税の必要性について

推計の必要性は、帳簿書類等その他の資料を備え付けておらず、あるいは、帳簿書類等の記載内容が不正確で信頼性が乏しかったり、納税者が課税庁の調査に非協力的な態度を採ったために直接資料を入手できず、その所得金額を実額により把握することができない場合に認められるものである。

本件においては、原告は、本件帳簿書類を提出するも、本件帳簿書類には付け落ちや現金の出納状況が記載されていないなど内容が正確なものではなかった。また、本件帳簿書類には、職員らが五回にわたり原告の事業所に赴き、所得税の調査を進めるなかで把握した、坪井裕彦名義の口座を利用した取引に係る記載は全くなされていなかった。そこで、職員らは、原告に対して、右簿外取引について質問したが、原告は、「一切知らない。」と返答するのみで、合理的な説明を一切行わないという非協力的な態度を終始採り続けた。結局、職員らは、原告から直接資料を入手することができず、本件係争各年分に係る原告の所得金額を実額で把握することは到底不可能であった。

よって、本件においてこれを推計により算定する必要性があったことは明らかである。

(二) 本件推計課税の合理性について

(1) 被告は、原告の本件係争各年分の事業所得の金額を算定するに当たり、同業者の平均原価率及び平均算出所得率を適用したが、右同業者の抽出経緯及びそれに基づく推計が合理的であることは、以下に述べるとおりである。

<1> 同業者の抽出経緯

大阪国税局長は、原告の事業所の所在地を所轄する被告並びに人口二〇万人以上の地方中核都市を所轄する東、西、港、南、浪速、天王寺、北、大阪福島、西淀川、生野、東成、旭、城東、阿倍野、東住吉、西成、住吉、大淀、東淀川、茨木、吹田、豊能、堺、東大阪、八尾、枚方、上京、中京、下京、東山、左京、伏見、神戸、灘、須磨、兵庫、長田、西宮、芦屋、尼崎、明石、加古川、姫路、奈良、和歌山及び大津の各税務署長に対し、各税務署管内の個人及び法人の納税者のうちから本件係争各年分を通じて別紙6記載の各条件のすべてに該当するすべての者を抽出し、報告するよう通達指示したところ、右各税務署長が右抽出基準に従って抽出した同業者は、別紙7の1ないし3の「同業者」欄記載のとおりであり、その総数は四名であった。

<2> 原告と抽出業者の業態等の違い

なお、右抽出基準に該当する同業者を選定したところ、いずれも法人事業者であった。したがって、同業者の平均所得率をもって原告の所得金額を適正に算出するには、個人営業の場合と法人事業の場合との差異を調整することが必要となる。そこで、大阪国税局長は右調整ができるように別紙8記載の各調整事項を付して、同業者の管轄する各税務署長に対して、当該同業者の売上金額、売上原価及び一般経費等の額について報告するよう指示通達した。右通達に対する各税務署長の報告額に基づき、別紙7の1ないし3記載のとおり、それぞれの売上金額、売上原価の額、売上原価率、一般経費、算出所得金額及び算出所得率を算出したものである。

<3> 原告と同業者との類似性等

右のとおりの抽出基準に基づいて抽出された本件各同業者は、原告と業種、業態及び事業規模等において類似性を有し、しかも、その数値は正確性の裏付けを有する青色申告者に係るものであるから、右数値は推計の基礎となし得るものである。調整を付した法人、個人間の資料の相互使用も許されるところであり、抽出された同業者数四名は、各同業者間の個別性を平均化するに足りる。

また、同業者の抽出は、大阪国税局長が発した前記通達に基づいて、各税務署長が無作為かつ機械的に右抽出基準に該当する者のすべてを抽出したものであるから、その抽出に当たって恣意の入る余地がない。

<4> よって、右により抽出された各同業者の算出所得金額及び算出所得率等については正確性と普遍性が担保されているものであり、被告が、これらを用いて原告の本件係争各年分の事業所得の金額を推計したことには合理性がある。

(2) 事業所得の金額について

<1> 被告が主張する原告の本件係争各年分の事業所得の金額は、別紙9の<7>欄「事業所得の金額」に各記載のとおりである。

<2> 別紙9記載の本件係争各年分の科目別明細は、次のとおりである。

ア 売上金額

別紙9の<1>欄「売上金額」に各記載の原告の本件係争各年分の売上金額は、後記イ記載の売上原価の額を、別紙7の1ないし3の<3>欄「売上原価率」に各記載の各同業者の当該年分の売上原価率(売上金額に対する売上原価の額の割合)の平均値(以下「平均売上原価率」という。)でそれぞれ除して算定したものであり、その算式及び金額は次のとおりである。

(算式)

(売上原価の額)÷(同業者の平均売上原価率)=(売上金額)

昭和六〇年分 三億〇九三〇万一八七二円

220,686,886円÷71.35%=309,301,872円

昭和六一年分 三億三五五九万二三二二円

241,324,439円÷71.91%=335,592,322円

昭和六二年分 三億一八三四万五一六七円

224,369,674円÷70.48%=318,345,167円

イ 売上原価の額

被告が取引先調査で把握し得た原告の本件係争各年分の売上原価(仕入)の金額は、別紙9の<2>欄「売上原価の額」に各記載のとおりであって、その明細は別紙4記載のとおりである。

なお、各年分の期首及び期末の各商品棚卸高が不明であるため、期首と期末を同額とみなして、各年分の仕入金額を当該年分の売上原価の金額とした。

ウ 算出所得金額

原告の本件係争各年分の算出所得金額は、別紙9の<5>欄「算出所得金額」に各記載のとおりである。これらの金額は、前記アの原告の本件係争各年分の売上金額に、別紙7の1ないし3の<6>欄「算出所得率(各同業者の当該各年分の売上金額に対する算出所得金額の占める割合)」に各記載の各同業者の平均値(以下「算出所得率」という。)をそれぞれ乗じて算出したものであり、その算式及び金額は次のとおりである。

(算式)

(売上金額)×(同業者の平均算出所得率)=(算出所得金額)

昭和六〇年分 五七五九万二〇〇八円

309,301,872円×18.62%=57,592,008円

昭和六一年分 五九二六万五六〇四円

335,592,322円×17.66%=59,265,604円

昭和六二年分 六三一二万七八四六円

318,345,167円×19.83%=63,127,846円

エ 特別経費(給料賃金)

原告の本件係争各年分の給料賃金は、原告が被告に提出している本件係争各年分の確定申告書添付の青色申告決算書の給与賃金の欄に記載されたものであり、その金額は、別紙9の<6>欄「特別経費の額」に各記載のとおりである。

オ 事業所得の金額

原告の本件係争各年分の事業所得の金額は、前記ウの算出所得金額(別紙9の各<5>欄「算出所得金額」に各記載の金額)から、前記エの特別経費の額(別紙9の各<6>欄「特別経費の額」に各記載の金額)を差し引いて計算したものであり、その金額は別紙9の各<7>欄「事業所得の金額」に各記載のとおりである。

五  争点に関する原告の主張

1  本件青色申告承認取消処分の適法性(争点1)について

(一) 原告は、昭和四三年ころから、京都市右京区西院高田町一六-二(以下特に記載しない限り、住所地の記載は京都市内のものとする。)に所在する事業所において、「パーツボックスツボイ」の屋号で、自動二輪車関連用品の小売業を営んでいる。

原告は、昭和五七年ころまで、「スピードショップツボイ」の屋号を使用していたが、そのころ現在の屋号に変更して以後、右屋号は使用していない。

(二) 原告には、長兄の坪井嘉蔵(以下「嘉蔵」という。)と、次兄の坪井健次(以下「健次」という。)がいる。

嘉蔵は、昭和二四年から昭和三八年まで、中京区壬生森町五八番地に店舗をおいて、右京区西院高田町一六-二に工場をおいて、自動車部品の小売販売業を営んでいた。

嘉蔵は、昭和三八年、自動車部品の小売販売業を廃業したが、健次が、昭和三九年、右京区西院高田町一六-二(嘉蔵が工場を置いていた場所)で自動車部品の小売販売業を再興し、昭和四三年、中京区壬生森町五八番地(嘉蔵が店舗を置いていた場所)に移転して、昭和六三年四月まで、引き続き営業を継続していた。健次は、営業にあたり、「坪井部品」「スピードショップツボイ」「モビリティプラザツボイ」「パーツボックスツボイ」という名称を使っていた。

原告は、昭和三九年ころから健次の営業を手伝っていたが、健次が昭和四三年に中京区壬生森町五八番地に店舗を移転した時、右京区西院高田町一六-二の物件が空いたので、独立して自動二輪車関連用品の小売販売業を開始し、現在に至っている。

(三) 嘉蔵は、昭和四三年ころ、協和銀行京都支店において坪井裕彦名義で当座預金の口座を開設し、坪井裕彦を通名として使用していた。

健次は、自動車部品の小売販売業を経営するにあたり、嘉蔵から右口座を使用することを許され、以後、右口座を独占して利用していた。

(四) 被告主張の、争点1の(一)調査の経緯の(3)は認める。

西陣信用金庫西大路支店の振込依頼書写しの中にケンツに対するものがある一方、本件帳簿書類のいずれにもケンツに関する記載がないのは、原告が付け落ちしたからである。

(五) また、被告主張の、争点1の(一)調査の経緯の(4)は認める。

南海部品に対する昭和六〇年度のうち八月以前の決済については、原告が、西陣信用金庫西大路支店に原告名義の口座を開設する以前であったので、健次から支払場所を協和銀行京都支店、振出人を坪井裕彦とする約束手形を借用して、代金決済をしたものである。

(六) 別紙4の「取引先名」欄左側に○印の表示ある「(株)スズキ二輪」ないし「(株)アトラス」、「佐々木塗装(株)」及び「(株)ケンツ」が、原告の取引先であることは認めるが、原告が申告した右各取引先との仕入金額を越える別紙4記載の各仕入金額は争う。

また、被告が主張するところのその他の坪井裕彦名義でなされている取引は、すべて健次がなしたものであって、原告が行ったものではない。実質課税の原則から、これらの分は健次に帰責されるものである。

(七) 被告は、「坪井豊」「スピードショップツボイ」「パーツボックスツボイ」と記入した文書によって、原告の取引先に照会したと主張するが、右照会に対する回答はいずれも屋号である「スピードショップツボイ」「パーツボックスツボイ」のみを見てなされたものであり、取引相手が「坪井豊」であると認識してなしたものではない。

よって、右回答をもって、原告と商会先との取引を示すものとすることはできない。

2  本件各処分の適法性(争点2)について

(一) 本件推計課税の必要性について

本件推計課税の必要性は、争う。

(二) 本件推計課税の合理性について

(1) 原告と被告の抽出した同業者との類似性

被告が、原告の本件係争各年分の事業所得の金額を算定するに当たり抽出した同業者は、左のとおり原告と類似性を有しないものであり、右同業者から算出された売上原価率及び算出所得率の数値を以て推計の基礎となし得ない。

<1> 被告の抽出した同業者は、東大阪、伏見、西宮、和歌山の各一名、合計四名である。

<2> 原告の取扱い商品は、自動二輪の本体につける用品及びドライバーの身体につける用品(装身具)であって、それ以外は扱っていない。

被告の抽出した伏見の業者はドライバーの身体につける用品のみを扱っているもので、しかもそれは原告の取扱い商品とメーカーを異にし、かつ原告と違って独占販売を行っているものであるから値崩れがしないし、売れ残りが発生してもメーカーに引き取らせる商法を行っているから利益率が高く、経費もかからないのであって、原告と同業とみなすべきでないし基準となり得ないものである。

また、東大阪、西宮、和歌山の業者は、二輪以外に四輪、大型の用品の外に本体そのものも販売しているものであって、原告と同業というわけにはいかない。

(2) 推計課税が適法性を持つためには、<1>業者の立地条件、<2>営業年数、<3>同業者の近接度、<4>販売方法の相違(店頭販売と納品売)、<5>商品の値引販売の有無・程度等をも当然に考慮しなければならないものであるところ、被告は、本件推計課税において、これらの事情について全く主張・立証していない。

(3) 被告の主張する平均売上原価率、平均算出所得率が、

本訴においては、

昭和六〇年分 七一・三五%、一八・六二%

昭和六一年分 七一・九一%、一七・六六%

昭和六二年分 七〇・四八%、一九・八三%

国税不服審判所長の裁決は、

昭和六〇年分 六八・三五%、七・二三%

昭和六一年分 六八・五三%、六・六四%

昭和六二年分 六七・七九%、八・七一%

異議決定書では、

昭和六〇年分 六八・三五%、七・九三%

昭和六一年分 六八・五三%、七・一二%

昭和六二年分 六七・七九%、九・二一%

と、それぞれ数値が異なっているのであり、右数値はとうてい信用できず、推計の基礎となり得ない。

六  原告の主張に対する被告の反論

1  坪井裕彦名義の取引の帰属について

(一) 原告の主張1の(二)のうち、健次が原告と同種の自動車部品販売業を昭和六三年四月まで営業していたとの主張は否認する。

中京区壬生森町五八番地所在の店舗は、原告らの父坪井健蔵が死亡した昭和五一年八月七日には既に閉鎖され、以後鍵かかかったままである。

(二) 原告の主張1の(三)のうち、坪井裕彦名義の口座は健次が独占して使用していたとの主張は否認する。

原告の右主張は何ら立証されておらず、原告自身、原告の主張1の(五)のとおり南海部品に対する決済に坪井裕彦名義の約束手形を右口座から振り出していたことを認めているのであるから、原告の右主張は失当である。

(三) 原告の主張1の(六)は否認する。

商品を先に納品し、後日、手形や振込で決済が行われるような取引においては、取引先の住所や屋号はもちろんのこと、その営業状態、信用状態及び決済方法等が重要な取引要素であり、購入者が誰であっても入金されあればよいとの認識は不自然である。被告が行った各照会に対して、取引先名が違うとか原告との取引ではないといった指摘はなく、すべての仕入先から原告との取引である旨回答してきており、原告が取引相手であることを十分に認識しての回答である。

被告の照会に対して回答をした取引先の中には、「ショップ名のみを見て印鑑を押した」旨の文書を作成した者があるが、右文書は各取引先が原告に頼まれて言われるままに作成したものであり、信憑性がない。

また、照会文書に対する回答によると、坪井裕彦名義を利用して各取引先と継続してきめ細かい取引が行われていたのであり、商品や請求書が原告の事業所に送付されていることと照らし合わせると、原告の主張する健次の事業形態とは合わないものである。

2  原告と抽出業者との類似性について

原告は、被告の抽出した同業者につき原告と扱っている商品が違うので類似性が認められず、本件推計課税には合理性がないと主張するが、右主張は争う。

推計課税が行われるのは、正確な帳簿の備付けがなく、当該納税義務者等による調査の協力も得られない場合であるから、業種の同一性、営業規模の類似性、同業者率算出過程の整合性等の推計の基礎的要件に欠けるところがない以上、同業者間に通常存在する程度の営業条件の差異は平均値の中に吸収され、営業条件の差異が同業者率による推計を根本的に不当とするほどに顕著なものでない限りこれを斟酌する必要はなく、推計課税の合理性が失われるものではない。原告の主張は客観性、具体性に欠ける主観的なものであり、何ら原告の特殊性を主張するに至っていない。

なお、本件推計にあたり、被告は、同業者の類似性をより高める意味で特別経費については実額でこれを認め、一般経費だけを推計の対象として算出所得率を求めたものである。

3  同業者率の数値の差異について

原告は、本訴、裁決、異議決定における推計の数値が異なっており、被告の推計は信用できないと主張するが、右主張は争う。

課税処分取消訴訟の審判の対象は、原処分により認定された課税標準等が客観的に存在するか否かによって違法性の存否を明らかにすることであるから、課税庁としては口頭弁論終結に至るまで原処分で認定した課税標準等が客観的に根拠付けるすべての資料とそれによる認識判断を主張、立証することができる。したがって、異議段階における推計方法と訴訟段階における推計方法が異なるからといって、推計課税の合理性が失われるものではない。

第三争点の判断

一  本件青色申告承認取消処分の適法性(争点1)について

1  被告は、別紙4記載の坪井裕彦名義の取引を原告の取引であると主張し、原告は、右取引を健次の取引であると主張するので、以下、坪井裕彦名義の取引の帰属の点について判断する。

(一) 証拠(証人坪井嘉蔵、原告本人、その他の証拠については末尾の掲記)によると、以下の事実が認められる。

(1) 原告は、昭和四五年ころ独立した当初、数か月の間、別紙10の図面に青色で表示された部分に所在する仮店舗(右京区西院平町一五番地)で営業していたことがあり、そのころから青色申告を始め、その後、別紙10の図面に赤色で表示された部分に所在する倉庫を店舗に改造し、右店舗(右京区西院高田町一六-二、電話番号三一一-五七八九、以下「原告の事業所」という。)において現在に至るまで営業を継続している。

また、京都市においては、住所地の区割りが碁盤の眼のようになっているため、所在地を東西の道路名と南北の道路名との組み合わせによって特定する習慣があり、原告の事業所は西大路通と松原通が交差する西大路松原の交差点の東北付近に位置するので、右京区西大路松原上ル東側と呼称されることもある。

(2) 嘉蔵は、昭和二四年から昭和三八年まで、中京区壬生森町五八番地に店舗をおいて、右京区西院高田町一六-二に工場をおいて、自動車部品の小売販売業を営んでいたが、昭和三八年ころ、自動車部品の小売販売業を廃業し、その後、住居を右京区太秦安井奥畑町一三番地に移転した。

嘉蔵は、坪井裕彦という名前を通名として使用しており、昭和四三年ころ、協和銀行京都支店において坪井裕彦名義で当座銀行の口座を開設し、また、昭和五〇年ころ、右口座の印鑑簿を作成した(乙五〇)。嘉蔵は、右印鑑簿を作成するにあたり、名義を坪井裕彦、住所地を自宅である右京区太秦安井奥畑町一三番地と記載したが、手形割引銀行、職業を持たない個人の手形を信用しないであろうと考え、職業を自動車部品商、電話番号を原告の事業所に設置されている電話の番号である三一一-五七八九と記載した。

嘉蔵は、坪井裕彦名義の当座預金口座を利用した手形を自ら使用するとともに、健次あるいは原告が自動車部品や自動二輪車関連用品の仕入れの支払決済をする際に右手形を利用させており、健次あるいは原告が手形を利用した場合には、それぞれが代金を口座に振り込んでいた。

嘉蔵は、坪井裕彦名義の当座預金の他に、協和銀行京都支店において名義を坪井裕彦、住所地を右京区太秦安井奥畑町一三番地として、普通預金、定期預金等をしていた。

(3) 健次は、昭和三九年ころから、現在の原告の事業所場所において自動車部品の小売販売を行っており、昭和四五年ころから、中京区壬生森町五八番地に移転して自動車部品及び自動二輪車関連用品の小売販売を継続し、昭和六〇年ころには、特定の店舗を開設せずに、自動車部品及び自動二輪車関連用品の卸売業(いわゆるバッタ屋)を経営していた。

健次は、昭和六一年ないし同六三年当時、中京区壬生森町五八番地を所在地として住民登録をしていたが、本件係争各年度の所得税を前提とする昭和六一年度ないし同六三年度の住民税に関する資料は、中京区役所に存在しなかった(乙八八)。

(二) また、争点1に関する被告の主張(一)調査の経緯の(3)、(4)の各事実は、当事者間に争いがなく、証拠(証人任田光宏(第一回、第二回)、証人青山龍二、その他の証拠については末尾の掲記)によると、争点1に関する被告の主張(一)調査の経緯(1)、(2)及び(5)の各事実及び以下の事実が認められる。

(1) 職員らは、昭和六三年四月一五日、協和銀行京都支店に臨場し、坪井裕彦名義の預金(当座、普通、定期)及び仕入の決済状況について調査したところ、南海部品に対する約束手形決済以外にも、坪井裕彦名義で多数の相手先に対する振込決済がなされていること(乙四九)及び坪井裕彦名義の五〇〇〇万円の定期預金が存在することが判明した。

また、職員らは、協和銀行京都支店の職員及び次長から、右両名が振込依頼書の作成や預金のお礼を述べるため、別紙10の図面に赤色で表示された部分に所在する自動二輪車の関連用品を販売している店舗に臨場したことを聴取した。

(2) 職員らは、昭和六三年四月二五日、協和銀行京都支店から坪井裕彦名義で振り込む方法で支払いされていた先であるRSタイチに臨場して調査したところ、RSタイチの商品はオリジナル商品であり、RSタイチ以外から仕入れがなされることはあり得ないということ、RSタイチの担当者が「坪井豊」名義の名刺(住所地は右京区西大路松原上ル東、電話番号は三一一-五七八九)を受取っていたこと(乙九二)が判明した。

職員らは、昭和六三年四月二七日、原告の事業所に臨場したところ、RSタイチの商品が同所に陳列されていた(乙九〇、九一)。

(3) 職員らは、昭和六三年五月六日、原告の事業所に臨場したが、原告が不在であったため、原告の妻の了解をとった上でレジ回りの調査をし、レジの横に置いてあったレジキーの一覧表を写し取ったところ、別紙3記載のとおり右一覧表には、59番に「風魔+1」との記載、79ないし82番にRSタイチの商品名であるNiXeの記号を付した商品名の記載がなされていた。

(4) 職員らは、昭和六三年五月一七日、協和銀行京都支店から坪井裕彦名義で振り込む方法で支払いされていた先である風魔プラスワンに臨場して調査したところ、風魔プラスワンの商品はオリジナル商品であること、同社から商品が「オートショップツボイ」(住所地は右京区西大路松原上ル東側、電話番号は三一一-五七八九)に配送されていること(乙七)が判明した。

職員らは、後日、原告の事業所に臨場したところ、風魔ブラスワンの商品が同所の陳列されていた。

(5) 職員らは、昭和六三年五月一七日、協和銀行京都支店から坪井裕彦名義で振り込む方法で支払いされていた先であるブルックランズに臨場して調査したところ、同社から商品が「スピードショップツボイ」(住所地は右京区西大路松原上ル東側、電話番号は三一一-五七八九)に配送されていること、ブルックランズの経理担当者が「坪井豊」名義の名刺を受取っていたことが判明した(乙八)。

(6) 被告部下職員任田光宏、同青山龍二、大阪国税局の職員である石井真一郎は、昭和六三年四月ころから、別紙4の「取引先名」欄記載の各取引先に対し、本件係争各年分における、右京区西院平町一五にある「スピードショップツボイ」「パーツボックスツボイ」「坪井豊」との取引商品、売上金額及び決済状況を照会し、各取引先から回答を得た(乙五、九及び一〇の各一ないし三、一一ないし四三、四四の一ないし三、四五、四六、四七の一ないし三、四八、五一ないし七七、七八の一ないし三、七九ないし八一、九三の一ないし三)。

右各取引先からの回答を一部抜粋した表である別紙5記載の各取引先及び取引金額は、本件帳簿書類に何ら記載がなされていない(乙二の一ないし三、三)。

(7) 職員らは、本件帳簿書類の記載と谷尾商会の照会回答文書の内容とが一致していなかったことから、右差額である三三万六二七〇円について調査したところ、昭和六一年四月一日に協和銀行京都支店から坪井裕彦名義で振込支払いをされていたことが判明した(乙四九)。

(三) 以上の各事実が認められ、これらに反する証拠はない。

2  右認定事実を総合して判断するに、坪井裕彦は架空の人物であり、協和銀行京都支店における坪井裕彦名義の当座預金口座は嘉蔵が開設してものであるが、右口座を支払場所とする手形は嘉蔵のみならず、健次及び原告も利用していたことが認められる。

しかしながら、嘉蔵は、本件係争各年当時には自動車部品の販売業を廃業していたこと、また、健次も、本件係争各年当時には原告の事業所場所においては自動車部品等の卸売業をしていなかったことが認められる。

これに対し、原告が、南海部品との昭和六〇年一月から同年八月以前の取引につき、協和銀行京都支店の坪井裕彦名義の手形を利用して代金決済をしていたことは原告の自認するところであり、また、協和銀行京都支店から坪井裕彦名義で振り込む方法で支払いされていた取引先であるRSタイチ、風魔プラスワン、ブルックランズから、商品が、原告の事業所に配送され、原告の事業所において販売されていたこと、原告の取引先である谷尾商会に対し坪井裕彦名義で振り込む方法で一部支払がなされていたこと、別紙5記載の各取引先は、照会先である右京区西院平町一五番地(原告が現在の場所に店舗を移動する前に仮店舗を置いていた住所)付近にある「スピードショップツボイ」「パーツボックスツボイ」「坪井豊」という屋号の販売店との取引であると認識していたこと、及び、別紙5記載の各取引先との各取引はほぼ継続して行われていたことが認められ、以上によると、別紙5記載の本件帳簿書類に記載がなされていない各取引は、原告の取引であると推認するのが相当である。

原告は、健次が本件係争各年当時に原告と類似の屋号を用いて中京区壬生森町五八番地において原告と類似の商品の販売店を経営していた、あるいは、原告の事業所を仕入商品の送り先に指定して商品を受取り店舗を持たない卸売業(いわゆるバッタ屋)をしていたのであり、坪井裕彦名義の取引は健次の取引である可能性があるところ、原告は、右可能性について十分な否定をしないまま原告の取引であると認定したものであると主張するが、前記認定のとおり健次は中京区壬生森町五八番地で本件係争各年分の所得税を申告していないこと、原告が健次を証人として申請したにもかかわらず、健次の出頭を確保できず右申請を撤回していること、原告は、風魔プラスワンやRSタイチのオリジナル商品が原告の事業所にて販売されていたにもかかわらず商品の仕入経路について合理的な説明をしないことなどから、原告の右主張に副う証拠(原告本人、証人坪井嘉蔵)はにわかに措信しがたい。

また、原告は、別紙5記載の各取引先がした回答は、「スピードショップツボイ」「パーツボックスツボイ」との取引についてであり、「坪井豊」との取引と認識してなされたものではないから、右回答をもって原告との取引を示すものとすることはできないと主張するが、前記認定のとおり、別紙5記載の各取引先への照会は右京区西院平町一五番地(別紙10図面表示のとおり原告の事業所の近隣)付近にある販売店との取引であること、及び、RSタイチやブルックランズの担当者が「坪井豊」の名刺を受取っていたこと、健次が原告の事業所に継続的に送付されてくる商品を原告の事業所で受取っていたことを伺わせるに足りる証拠はないことから、別紙5記載の各取引先が回答した取引は、右京区西院松原付近にある「坪井部品」「スピードショップツボイ」「パーツボックスツボイ」といった屋号で自動二輪車関連用品の小売販売店との取引、すなわち原告に対する取引と解するのが相当であり、原告の右主張には理由がない。

原告主張のとおり、坪井裕彦名義の仕入取引は健次の取引であることについて、原告が確定的に主張・立証しなければならないものではないが、前記認定事実から坪井裕彦名義の仕入取引は原告の取引であるとの推認が合理的になされる以上、右推認を揺るがせる程度の反証は必要であるところ、原告の反証は、右程度に達していないものと言わざるを得ない。

なお、坪井裕彦名義の定期預金等(乙一〇一の一、二、一〇二の一、二)は、証拠(証人坪井嘉蔵)によると、嘉蔵が出捐したものであると認められるが、そもそも坪井裕彦名義は架空の名義であって、嘉蔵、健次及び原告がそれぞれの目的で右名義を利用していたものであるから、右事実をもって、坪井裕彦名義を利用した自動二輪車関連用品の仕入れ取引が、原告の取引であることを覆すものではない。

3  よって原告は、昭和六〇年一月一日から同年一二月三一日までの間に、坪井裕彦名義を利用して、別紙5記載の各取引先と取引をしていた(合計金額五九四九万九八九七円)にもかかわらず、右取引金額が記載されていない本件帳簿書類に基づいて、昭和六〇年分の所得税の確定申告書を被告に提出していたものであるから、被告が、本件帳簿書類の記載全体について真実性を疑うに足りる相当の理由があると判断して、法一五〇条一項三項に基づいてなした本件青色申告承認取消処分は適法である。

二  本件推計課税の適法性(争点2)について

1  本件推計課税の必要性について

(一) 前記認定のとおり、原告が提出した本件帳簿書類は付け落ちや坪井裕彦名義の取引が記載されていない内容の不正確なものであり、また、証拠(証人任田光宏)によると次の事実が認められる。

(1) 職員らは、昭和六三年四月二〇日、原告の事業所に臨場し、原告に対して、それまでの調査結果を説明した上で、坪井裕彦名義の仕入れはすべて原告のものではないかと質問したところ、原告は、坪井裕彦名義の仕入れなどは知らない旨答えるのみであった。

(2) 職員らは、昭和六三年六月一日、同月一〇日の両日、事業所に臨場し、原告に対して、それまでの調査経過を説明した上で、坪井裕彦名義の仕入れはすべて原告によってなされたものではないかという趣旨の質問を再三にわたりしたが、原告は、知らない旨の答えを繰り返すだけで、原告から、職員らに対し、明確な答えはなされなかった。

(二) 以上の事実を総合すれば、被告は、原告から直接資料を入手することができず、本件係争各年分に係る原告の所得金額を実額で把握することができなかったものと認められるから、被告が原告の本件係争各年分の各所得税を算出するについて、推計課税を行う必要があったと解するのが相当である。

2  本件推計課税の合理性について

(一) 同業者の抽出経緯

(1) 証拠(乙五、六、証人河本省三)によれば、被告の主張2(二)(1)(同業者の抽出経緯)の事実が認められる。

右同業者の選定基準は、業種の同一性、事業所の近接性、事業規模の近似性等の点で同業者の類似性を判別する要件として合理的なものである。その抽出作業について、被告、各税務署長及び大阪国税局長の恣意の介在する余地は認められず、かつ、右調査の結果の数値は青色申告書に基づいたもので、その申告が確定しており信頼性が高い。

また、抽出した同業者はいずれも法人であったが、調整事項を付すことで個人事業の場合との差異を調整しており、調整を付した法人の資料を原告の推計に用いても、推計の合理性を失わせるものではない。

したがって、右同業者の平均売上原価率及び平均算出所得率を基礎に算出された原告の本件係争各年分の算出所得金額の推計には、特段の事情のない限り合理性があるものということができる。

(2) 原告は、立地条件、取扱い商品、営業年数、同業者の近接度、販売方法の相違、商品の値引販売の有無・程度といった、抽出業者の差益率、所得率等の類似性を基礎付ける事実を被告が何ら主張・立証していないと主張する。

右(1)のとおり、本件においては、業種の同一性、営業規模の一応の類似性及び平均値算出過程の整合性等、推計の基礎的要件に欠けるところがないことが認められ、そうすると、原告と抽出業者の営業条件の相違等、固有の特殊事情は、それが平均値による推計自体を不合理ならしめる程度に顕著なものでない限り、これを斟酌する必要はない。

そして、原告が示唆する右固有の特殊事情が、本件推計自体を不合理ならしめる程度に顕著なものであることは、納税者が、その具体的な根拠を示して立証しなければならない。

よって、原告の被告が業者の類似性を基礎付ける諸事情を主著・立証すべきとする主張は、失当である。

また、本件において、原告本人尋問によると、自動二輪車関連用品小売業の扱う製品の種類、取引先、販売方法の違いによって著しい利益率の差異があるという尋問結果があるが、右尋問結果には、的確な裏付け証拠もなく、又、原告及び抽出業者の営業形態等についての供述は曖昧な部分が多く、たやすく信用できないし、具体的客観的根拠も示されていない。そして、他にこれを認めるに足る証拠はない。

したがって、本件においては、著しく利益率に影響を及ぼす平均値の中に吸収されない自己固有の特殊事情が原告によって立証されたとは認められず、原告の右主張は採用できない。

(3) また、原告は、本件訴訟、裁決、異議決定における被告の同業者率の数値が異なるため推計には説得力がなく信用できないと主張する。

しかしながら、課税処分取消訴訟の審判の対象は、原処分により認定された課税標準等が客観的に存在するか否かによって違法性の存否を明らかにすることであるから、課税庁としては、口頭弁論終結に至るまで新たな資料に基づく別の推計方法を採用することが許されるのであり、本件訴訟における被告の同業者率の数値が、裁決及び異議決定における同業者率の数値と異なることをもって、推計の合理性を失わせるものではない。

したがって、原告の右主張は認められない。

(二) 推計による事業所得金額の計算

(1) 売上金額及び算出所得金額

証拠(乙五、九及び一〇の各一ないし三、一一ないし四三、四四の一ないし三、四五、四六、四七の一ないし三、四八、五一ないし七七、七八の一ないし三、七九ないし八一)によれば別紙4記載の本件係争各年分の各取引先に対する仕入金額が認められる。なお各年分の期首及び期末の各商品棚卸高が不明であるため、期首と期末とを同額とみなして、各年分の仕入金額を当該年分売上原価の額(別紙9の<2>欄売上原価の額」に各記載の金額)と推認するのが相当である。

右の各事実及び右(一)認定の事実によれば、原告の本件係争年分の売上金額、算出所得金額は、別紙9の<1>欄「売上金額」、<5>欄「算出所得金額」に各記載の額と同額である。

(2) 特別経費の額

原告の本件係争各年分の特別経費の額は、当事者間に争いがなく、別紙9の<6>欄「特別経費の額」に各記載の額と同額である。

(3) 事業所得の金額

以上によれば、本件係争各年分の原告の事業所得金額は、右(1)の算出所得金額から、右(2)の特別経費の額を控除した額であり、別紙9の<7>欄「事業所得の金額」に各記載の額と同額である。

第四結論

以上のとおり、被告のした本件青色申告承認取消処分は適法であり、これに違法な点はない。また、被告のした推計には必要性、合理性が認められ、本件各処分は、前認定の各事業所得金額の範囲内のものであって、いずれも適法であり、これに違法な点はない。

よって、原告の本件各請求は理由がないからいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松尾政行 裁判官 中村隆次 裁判官 池上尚子)

別紙1

課税の経緯

<省略>

別紙2

青色申告の承認取消し処分の経緯

<省略>

別紙3

レジ番号

<省略>

別紙4

仕入金額明細表

<省略>

<省略>

別紙5

<省略>

<省略>

別紙6

(一) 青色申告書により所得税又は法人税の確定申告書を提出していること。

(二) 自動二輪関連用品販売業(主として小売業)を営んでいること。

(三) 右(二)記載の事業以外の業種目を兼業していないこと。

(四) 事業所が大阪市内、京都市内、神戸市内、茨木市内、高槻市内、吹田市内、豊中市内、堺市内、東大阪市内、八尾市内、枚方市内、寝屋川市内、西宮市内、尼崎市内、明石市内、加古川市内、姫路市内、奈良市内、和歌山市内及び大津市内のいずれかにあること。

(五) 年間を通じて事業を継続して営んでいること。

(六) 売上原価の額が一億円以上、五億円未満であること。

なお、右基準の売上原価の額の範囲は、原告の営む事業規模との類似性を確保するために原告の本件係争各年分の売上原価の金額が、それぞれ昭和六〇年分については二億二〇六八万六八八六円、同六一年分については二億四一三二万四四三九円、同六二年分については二億二四三六万九六七四円であることから、上限を昭和六一年分のおおむね二倍、下限を同六〇年分のおおむね〇・五倍としたものである。

(七) 対象年分の所得税又は法人税について、不服申立て又は訴訟が係属中でないこと。

別紙7の1

同業者率明細表(昭和60年分)

<省略>

別紙7の2

同業者率明細表(昭和61年分)

<省略>

別紙7の3

同業者率明細表(昭和62年分)

<省略>

別紙8

(一) 「売上金額」は、確定申告書添付の損益計算書の売上金額(販売手数料等の雑収入を含まない。)を記載するよう指示した。

(二) 「売上原価」は、申告書の売上原価の金額を記載するよう指示した。

(三) 「一般経費の額」は、申告書の販売費、一般管理費及び営業外費用の金額の合計額から雇人費(役員報酬、給与賃金及び雑給)及び特別経費(建物原価償却費、利子割引料、地代家賃、貸倒金、税理士報酬、退職金及び各種引当金・準備金等の繰入金等)に相当する金額を控除した金額を記載するよう指示した。なお、本件同業者において、損金に計上した租税公課で、法人税法施行規則別表四において所得金額に加算している金額があるときは、その金額について減算し、同別表四において納税充当金より支出した事業税等の金額を所得金額から減算している場合には、その金額を加算した。

別表9

原告の事業所得の金額の計算

<省略>

別紙10 地図省略

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